2010年02月24日

ちーやん夜話集46「グンティウカスを戒める文」

46.グンティウカスを戒める文
昭和33年の新年を迎え、お祝詞を申しあげます。
 さて、昭和32年をふりかえってみると、人間はついに人工衛星をうちあげるという、前古未曽有の才能を発揮しました。この点だけでも1957年という年号は、永久に人間の歴史に記録されるでしょう。

 われわれスカウト界では、B-Pの生誕100年と、スカウティング創始50年の年でした。ジュビリー・ジャンボリーを始めとして、各国で記念行事がありました。日本では、一昨年の日本ジャンボリーの余勢をかって、各地で県大会や、ブロックの大会が盛んに行われて、相当の成果をあげ、一方ではこの年を倍加運動の年として、キャンペーンが展開され、これらが、相関連しながら、一大PRとして、この運動を盛りあげたことは、疑いありません。
私はここで、その中の、県大会またはブロックのキャンポリーについて、一つ考えてみたいと思います。
 大会とか、キャンポリーとか、ジャンボリーとかは、結局「おまつり」である。という説があります。無論そこには「訓練」もあるし、「交歓」もあるし、「運動」の発展が促進されるから、決して無駄なお祭りではないと思います。けれども、戦後、特にこうした企画が、少し多すぎるのではないか、という声に対しては、私は、耳を傾ける者の1人であります。即ち、本来のスカウティングをする分量が減って、大会に出るための「俄か勉強」とか、「つけ焼刃」的な、いわゆる「まにあわせ」の教育に、陥った隊が相当あるという事実について、大いに反省の要があると考えるのです。
 がっちりした、正規の班別制度も実行しない。年少幹部班の訓練も一向やっていない。前に書いたように、隊長が、自分のヒマな時に、隊員を集めて一斉訓練をして、お茶を濁している――と、いうような隊に限って「ソラ大会ぢゃ」となると、無理をして金を集め、服装や野営具をととのえ、威風堂々(?)大会に乗り込むようです。ところが平素、本式の訓練がしてないものだから、大会の2日目、3日目になると、体力がもたなくて、疲労が人の目につく。病人もできる。ホームシックにもなる。と、いう工合で、期間中に、こっそり撤営して逃げ出した例さえあります。(軽井沢所見)
 これなどは極端な例ですが、本式のスカウティングをやる方に全力を尽くさないで、「大会スカウト」を製造するということは、本末転倒(ほんまつてんとう)で、私は、これをグンティウカスと名づけたいのです。
 大会に出る資格が、2級以上とか、1級以上とかに制限されると、「俄か勉強」で2級や1級が、大量生産されます。これは、進級意欲をたかめる一つの方法ではあるが、問題は「その後」の成績にかかる、と思うのです。
 「その後」、一向にスカウティングを継続しなかったり、進級もしないならば、一体、何のための大会ぞや、といいたくなります。
 こういう点も考えてみたいのです。それはある班の全員が、そろって大会に出るのであるならば、本来の班そのままの編成で出られるから結構であり、正規の班別制度をこわさずに済みます。ところが、どの班にも大会不参加者が何人かある場合、隊としては、混成の班を何コ班か作って、大会に挑むことになります。この形は、形式は班であっても、実質は臨時班であり、混成班であります。果たしてこれを正規の班別制度といい得るでしょうか? 私は大きな疑問があると思います。ところが、こういう実例は、実は、ザラにあるのです。
 本式に班別制度を実施するためには、どの班も、自班専用のテント、シート、工具、炊具、毛布を持たねばなりません。ところがこれは、何万円という大金がかかるので、中々出来ない。やむを得ず、隊が何張りかのテント類を持っていて、各班はそれを共用する、という隊が非常に多いのです。もし、大会に出る人数が、隊所有のテントの収容人員を上まわる場合には、どこからかテントを借りて来て間に合わす、という例が、非常に多い。
 こんなことでは、本当の班別制度は出来んのじゃなかろうか。と、思います。かつ、こういう因子の上に成り立った大会というものは、結局「おまつり」になってしまうほかあるまいと考えられます。
 今度、英国のジュビリー・ジャンボリーに参加した各国のスカウトは、ほとんどシニアーばかりであった。と、いう話をきいて、私はそれが本当だろうと思います。体力からいうても、訓練の程度からいっても、こうしなければ耐久力がもつまいと思うからです。
 15才以下のスカウトは、大会に出ることよりか、もっと、基本的な、本格的な正規の訓練を、そして正規の班生活を修める方が大切であります。相撲でいうならば、まだ彼等は、十両の位にもなっていないのです。もっともっと、基本をうちこむ時期であります。
 私はこういう意味から、本末を転倒しないように望み、グンティウカスを戒めるよう強調したいのであります。
(昭和33年1月1日 記)

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福岡中地区事務局ニュースVol.7

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福岡中地区事務局ニュースVol.7
 *今週・来週の行事予定*
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2月23日(火)ボースカウト講習会スタッフ会議(19:30~/美野島公民館)
2月24日(水)BS-RT(19:30~/高宮SH)

※3月6日15NJ指導者会議(シーオーレ新宮)
※3月7日ボーイスカウト講習会(美野島公民館)
※4月4日15NJ中地区結隊式(鳥飼八幡宮)

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2010年02月22日

ちーやん夜話集45「コミッショナーの質問」

45.コミッショナーの質問
 華々しい楽隊に迎えられて小倉の夜の町で下車したのも、早や一ヶ月前の昔話になりました。5月1日のメーデーに皆さまを東谷の道場、童心門でお迎えしたあの日からの一週間は、まだ醒める夜のように思われます。

 さて皆さまは、その後ご健在のことでしょう。私は当地に帰った翌日から次の仕事に忙殺されました。それは5月14日をもって東京に発足する資料編集委員会への準備でありました。それには日本最初の隊長研究所(編者注:昭和25年福岡県連盟担当実習所の前身)で経験したことを一応整理して、その会議に報告することが含まれていました。
 5月16日会議を終わって帰広してからはコミッショナー制を設置すること、上級スカウト制を始めることという、二つの大きなプロジェクトを課せられ、目下それと昼夜取り組んでおります。研修所でも問題になりました15才以上のスカウトへのプログラムは、結局3段階の制度とし技能章プロジェクトでこれを盛り上げる。そのため日本BSの技能章制度を整備しなければならないので東京、静岡、大阪の委員達に交わって、私もその分担を引きうけ資料を携えて帰りました。けれども私にとってより緊急なプロジェクトは、コミッショナー制度樹立の方でありまして、今やそれと取り組んで居る次第です。
 アメリカのコミッショナーの書物を一応勉強中であります。その本の中には次のようなことが書いてある。これは私が年来考えていたことと完全に一致します。それで、その文章をそのまま引きぬいてみましょう。これはコミッショナーとして隊の監査をするときのことを書いた章にあるのです。
 まず第一に重要なことはコミッショナーが隊の組織を解釈することで、その時彼の最初の質問は「班別制度をやっていますか?」という質問である。どの隊長も勿論「やっています」と答えるだろう。
 だがしかし、本当にやっているだろうか? 賢明なるコミッショナーは班別制度について、次の質問をさらに発するであろう。
a、隊は班構成の基本として自然的児群を用いていますか? 班は仲間達相互の組んだ形成になっていますか?そして彼等は自分達で班長を選びましたか?
b、隊活動は班によって営まれていますか?
c、班長は隊長やまたはその助手によって訓練されていますか?
d、各班とそれ等の班員達は、隊全体のディスカッションにデモクラティックな(民主的な)発言をあたえられていますか?
 もし、班別制度が強く行われ、少年リーダー達が、プログラムの起案やその運用に発言をあたえられているならば、その隊は堅固な足場に立つものとコミッショナーは確認してよろしい。
 次にコミッショナーは隊の指導陣を見る。そこに隊長たる能力をもった一人の人が居るか? その人の助手になるべき適当な人があるか? 強力かつ活動的な隊委員会があって隊長に協力して働いているか?
という一文であります。これを見ると、アメリカにも本式の班別制度をやっていない隊があるように思われる。
 形式的には班というものは作ってはある。けれども、それは「作った」ものであって、大人の指図で子供に作らしたものにすぎない。
 自然発生的な児群というものに根ざしていない。すなわち一種の造花にすぎない。
 班長という二本棒をつけた者はあるにはあるが、大人が任命したもので、子供が選んだ班長ではない。
 隊活動は相当やっているが、隊の一斉訓練であり、集合訓練であり、そこに班活動が無視されている。集合はいつも隊としてやっていて、班集会もなければ班訓練もない。 
 従って班にプログラムがなく役割の分担もない。班長訓練(グリンバー)は一つもやっていない。班長は班員と一緒に訓練をうけている。
 班員達は隊長始め、隊幹部に引きまわされていて自分の意見をのべる機会を封ぜられている。
 隊長の考えどおり一切引きまわす。あたかも軍隊の司令官のように。ボスのように。
 こうゆうボーイスカウトが一体アメリカにもあるのだろうか? 日本には、昔からこんなのが沢山あり、再建後の現在でもある。厳密に申せば、そんな組織の団体はボーイスカウトではない。軍隊式である。
 だから、事は非常に重大であるから、コミッショナーはまず第一にこの点について質問を発する――というわけである。
 次に隊長たる資格者が、もし一人もないならば、隊は出来ないことは申すまでもない。そうして、副長とか、副長補とか或いは隊付とかいう助手がなくて隊長一人だけ、すなわちワンマン隊というものは、これも考えものだ。
 研修所の答案中ワンマンの隊が二三あったが――。また強力な隊委員会がなくて一切合財隊長の一人舞台であることも困る。この点、日本の育成会や隊委員会は、大体においてBSのことをあまりご存じない。それがそもそも間違いである。
 アメリカの隊委員会は自分の隊および、隊長の監査をやる義務と能力をもっている。それには隊委員や育成会員のための講習会や研修所があって、隊委員も育成会員も一かどの指導者資格をもっている。だから心から本気になって隊長に協力できるのである。従って地区委員会とか各種委員会なり、県連なりが充実して行ける。 
 日本では隊長が何もかも一人で兼任の風がある。これでは隊の成績もあがらないし、BS運動全体が進展しない。しかもこれを是正する係の、コミッショナーという役も、日本には今のところ無いから、是正する途もない。
 私は、こんなことを思いながら目下勉強中であります。読者の中には、思いあたる方もあり、私と同感の方もおありのことと思います。
 日本ボーイスカウトが国際的に復帰する日を迎えて、いよいよ内容、陣容、制度を充実せねばならないと切に思います。けれどもあまり熱心でない方々には申し上げても無駄だと思うことさえあるのです。幸いに日本最初の隊長研修所を開かれた、福岡県連盟の方々なら、こんなことを申し上げても、お同感願えると信じますので、書き誌しました。
(昭和25年5月30日 記)

Posted by tsutsumi at 17:22 | コメント (0)

2010年02月17日

宗教章授与基準が更新

宗教章授与基準が更新されています。
下記からダウンロードして下さい。

日本連盟公式HP
http://www.scout.or.jp/j/youth/shinko/syukyosyojuyokijun.pdf

Posted by tsutsumi at 13:04 | コメント (0)

ちーやん夜話集44「班別制度の盲点を突く」

44.班別制度の盲点を突く
 班別制度という言葉ほど、盛んに口にせられ、その重要性を説かれること、おそらく他に比べるものはなかろう。それほどこれは、スカウティングの主軸であって、この軸が、もし無かったら、隊も、団も、地区も、県連も、日連組織もその骨を失うというてよい。

 しかるに、いうは易く、行うは難しで、仮に分析鏡で現状を透視したならば、何パーセントが、クソマジメに実施しているか。私は、不安にならざるを得ない。
 班が、自班固有のテント、炊具、工具を育成団体からととのえてもらい、常にその班の、基本構成全員で野営するとか、ハイキングするとか、であるならば、これはクソマジメに班別制度を実施しているといえる。
 ところが、毎度の野営に、班全員皆出席するとは保証出来ない。誰か不参加者がある。もし、3人しか参加しない班があった場合、隊長は、その3人でもいいから固有の班として頑張らせるだろうかどうか?
 私はおそらく、他の欠席者の多い班と合併した臨時編成の班をつくって、まにあわせるのではなかろうか? と思う。こうなると、単に人数をそろえただけの班であって、本来の班別制度ではなくなる。
 そこへさして、隊には班の数だけのテントがない、炊具がない、工具がない、というわけで、やっと買ってある1張りか2張りの隊のテントを班に貸して、かわるがわるキャンプさせるとか、テント屋あたりから、損料を払って借りて来たテントで間にあわせる。というようなことであるならば、これも「本当の班別制度ではない」と、私は極論したい。
 ただし、新しい団が、最初から班の数だけ野営具をととのえてやることについては、経済上むつかしいことは充分わかる。だが、それは、何カ年計画かで達成してやることが育成団体の責任であろう。隊長の側からも、育成団体または団委員会に要求するのが、当然な責務だといえる。
 県連大会とか、キャンポリーとか、日本ジャンボリーとかに、借り物のテントや、よせ集めの炊具工具により、臨時編成の班を作り、俗に「特2」といわれる、にわか仕込みの2級のアタマカズだけをそろえて参加する、というような事実が、もしあるならば、形はスカウト野営であるように見えても、「班別制度」は台ナシであろう。
 ただ、アタマカズだけ揃えて、キャンプさえすれば、スカウティングは成功している。と考えたら、大変な錯覚である。
 団が、隊が貧乏で、いまただちにこの基準に達し得られない、としても、目標を本来の班別制度実施という点において、何年計画かで到着せねばならないのではあるまいか。
 こういう大切なことをヌキにして「創立10周年記念」のお祝いをしたり、記念品に莫大なお金をかけたりして、トクトクしている隊、団、があるのではなかろうか。と、ひそかに憂うのである。
(昭和33年9月22日 記)

Posted by tsutsumi at 09:24 | コメント (0)

2010年02月16日

15NJ説明会(成人指導者対象)のご案内

県連による15NJ成人指導者説明会が行われます。

15NJ大会準備状況等の説明会(成人指導者対象)のご案内

15NJに参加される予定のすべての成人指導者を対象にした大会準備状況等の説明会を以下の予定で開催します。予備申込をお済みの方をはじめ、参加希望の皆様の参加をお願いします。
*大会本部要員・県連派遣団要員 説明会
日 時:3月6日(土)10:00~12:00
場 所:シーオーレ新宮 視聴覚室

*派遣隊指導者会議
日 時:3月6日(土)13:00~16:00
場 所:シーオーレ新宮 視聴覚室

<お願い>「15NJ基本実施要領」の持参をお願いします

シーオーレ新宮:福岡県新宮町大字下府425-1 電話:092-962-5111
http://www.town.shingu.fukuoka.jp/index.cfm/42,0,321,html

Posted by tsutsumi at 17:44 | コメント (0)

ちーやん夜話集43「隊訓練の性格について」

43.隊訓練の性格について
 隊訓練とはどんなものか、と、いうことの検討をあやまると、スカウト訓練は、一斉訓練化して、班別制度は、全面的に破壊され、B-P本来の着想に反する団体訓練になってしまうのである。

 そして、年少幹部班というものは、その意義を失い、すべては隊長の手によるところの一斉訓練と化してしまう。こういうことは、すでに百も承知の筈であるのにかかわらず、事実上では、それがあとをたたないのは、極めて残念である。
 こんなことは、ひとり日本だけの現象ではなくて、どこの国にも現在あり、識者の間に問題となっている。
 日本の地方実修所の入所者に課している事前問題に、「あなたの隊の年少幹部班の現況を問う」という問題が出されているが、その答案を見ると、着実に、年少幹部を訓練して指導力を班長に付け、その指導力によって班長が各班を指導し、そしてその成果が隊訓練によって比較され、励まされ、是正されるという本来のやり方を、辿っているとみなされる隊が、極めて少数なことがわかる。大ていの隊は、年少幹部班は、ほとんど実施されておらず、班長は、班を指導するだけの力がつけられないものだから、隊長が全員を集めて、一斉に訓練しているさまがありありと眼にみえるのである。
 隊訓練とは、そんなものではないのである。隊訓練とは、班長によってなされた班訓練が、どれだけ出来たかをしらべる一種の検閲なのである。故にゲームによって、対班競点(コンペティション)によって、各班を競争させ、せりあわせて、レベルを向上させるものである。
 ただし、隊訓練には、今一つ別の性格があることは否定できない。それは、班というよりも、もうひとまわり大きいグループとしての動き方、在り方を練ったり、また、どの班にも共通な広場としての最大公約数的な訓練、すなわち、その隊の伝統的精神の昂揚という一面である。しかし、これとても、それぞれの班のもつ特色や個性を殺してまでも、一色にぬりつぶすような全体主義的なドレイ訓練は、断然避けるべきである。この点は、かつてのヒットラーユーゲント方式におちいってはならない点である。
 以上の諸点は、指導者講習会なり、研修会なりの講師諸君に充分はっきり説明して頂きたい点である。
 隊長が全員を集めて、一斉的に訓練するということは、一番しやすい方法であるが、一番、これが邪道であるということを、くれぐれも反省していただきたい。
B-Pの意に反すること、これより大なるはなし、と、申し述べたい。
(昭和32年11月12日 記)

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福岡中地区事務局ニュースVol.6

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福岡中地区事務局ニュースVol.6
 *今週・来週の行事予定*
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2月16日(火)団委員長会同・VS100K説明会(19:30~/高宮教会)
2月17日(水)CSーRT(19:30~/高宮SH)
2月23日(火)ボースカウト講習会スタッフ会議(19:30~/美野島公民館)
2月24日(水)BS-RT(19:30~/高宮SH)


※3月6日15NJ指導者会議(シーオーレ新宮)
※3月7日ボーイスカウト講習会(美野島公民館)

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2010年02月15日

ちーやん夜話集42「班活動の吟味」

42.班活動の吟味
次の如きは本当の班活動といえないのではあるまいか。
1 隊として決めた行事を各班に分担或いは一任したり、若しくは競争でやらせる。いかに班の意思を尊重して行なっても、これは、隊活動と見るべきもの、况んや班の意志を度外し、上からの仕向で行った場合は、本来の隊活動にもならない。(大日本式天降りである。例、赤い羽根募金、緑化運動参加)

2 一見班活動の如くに見え、又その様に報告はされても似て非なものがある。それは、
a 行事のためにした行事
班長が班報告に何か書かねばならない必要上作った行事の如し。往々班監査の場合これに感心する余りゴマ化されやすい。例えば、防火運動、街路清掃。

b 班内の有志だけが行った行事
これは班全員の参加でないから、班活動と考えたくない。個人スカウティングの集合である。

3 班活動を行事面だけで要求したり取り上げたりするような考え方は、未だ班活動の真髄にふれておるとは思われない。
 我々は行事スカウトではない。事業団体でもない。行事をしなければならないように考える事は 本末転倒である。我々のする行事はそれ自体が教育と直結する。唯やりさえすれば良い、そこに教育がなくても人から賞められ認められさえすれば大成功だと思うが如きは外道である。換言すれば、行事面だけがプログラムではない。
 スカウティングのプログラムは広汎であって、行事のみに止まらない。いかにプログラムを班で考え全員が分担参加し、それを具現(project)したかが班活動である。従って班活動という言葉の含みは広汎であり、スカウティング全局に展開されるべきである。

4 班全員参加――と云う意味は、その相談から始まるのであって、一人でも相談に欠席し、事後承諾で決議を押しつけるが如きは、厳密に云えば本当の参加ではあるまい、况やプログラムの実施に際して一人でも欠席した場合も、厳密に云えば班活動とは云えない。だが、欠席の理由によっては――班意志の反抗、反対でない限り――許容されて班活動と見ても良いことがある。

5 以上のような失点が一つもなく立派な班活動と思われるものであっても、隊の責任者(隊委員長――現在団委員長――隊長)の方針に逆行し、隊内のチームワークを無視した独善的班行動は審査の必要がある。例えば、事務的打ち合わせの不充分とかに原因があったとか、或いは他意あっての事かは、隊名誉会議で審査すべきであろう。シニアースカウトに往々ありがちな現象である。

 まだ考えたいのだが次にゆずる。しばらくは 引戸をあけて外界の風ふき入れて 春を吸わなん
 ここは東京渋谷の病院の一室、時は3月27日です。梅がやっと咲いた。那須から上京し、入院して今日で6日、網膜出血により左眼の見えない今の私には、新聞の字もろくに見えない右眼の力をかりて、春の光を求めています。
 人生無限の広野 暗黒世界その一角に私は立っている(この切実感は失明の経験のない人にはわからないだろう)私の立つ限り、私の周囲には方位が存在する。八方位か、十六方位か、三十二方位か、それとも三百六十度の方位が私をとりまく。
 私は常に三百六十分の一、その一つの方角に進まねばならぬ。私に方向を示すものはパトロールコールであり、モールスであり、そしてそれはB-Pの教えである。暗黒の中のサインである。
あっ! 私の後ろから沢山の仲間のやって来る足音がする。私はそれらの人々に、サインを、光をかかげねばならない。
(昭和26年3月27日 病床にて記)

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2010年02月13日

ちーやん夜話集41「班活動について」

41.班活動について
 近来各地からの色々の報告や資料を見る機会に恵まれ、大変勉強になっている。私はそれらを通じて、BS運動の動きをじっと見ているのですが、職業の余暇をさいて、この運動のために情熱を捧げられている何千人かの人たちに深厚なる敬意を払うのであります。

 それと同時に、みんなが実に貴重なる時間をさいて建設されているのだから、すべての努力が正しく顕現され、そして、その結果が正当にあらわれて帰って来なければならない。
 これがマイナスになったり、ダブった徒労に終わってはつまらぬ。また力を入れねばならぬ点に力が抜けていて、入れなくてもよい所によけいな力が入れられているような場合もあろう。そうしたことは、のちに、我々お互いの省察、反省または評価、ときに討議によって見出され、指摘されて是正され、妥当化されて“あるべきところに”“あらしめられる”のである。それが一つの新しい経験を形成する。実に貴重な経験である。
 こうした意味から、今日は一つ“班活動とは何ぞや”ということを考えて見たい。これがハッキリしていないと、今云ったようによけいな所に力を入れすぎて、大切な他の一面を見のがすことになる。
 普通皆さんによって考えられている“班活動”という言葉は班会をしたり、班訓練したり、ハイキングしたりキャンプしたり、色々の奉仕をしたりするいわゆるプログラム面での活動をのみ指しているようである。だからハイキングもやらない、班会もやらない場合、班活動はゼロなり――という評価になる。例えばコミッショナーの人が、ある隊の監査に行く、そして評価をする。
 そこの隊委員や隊長に対して自分の所見を告げて助言するような場合、班が週に1回班会をもち、週1回の班訓練をやっており、月1回位、班ハイクをしたり班奉仕の作業をしていたりするならば、まずその班の班活動は可である、或いは優であるという評価になり勝ちである。――班活動は活発である。クラブハウスを使用し、全く自発的に行われている。満足すべき状況にある――というような講評として表現され勝ちである。
 私はそれでよいのか?――といいたい。
 ある程度プログラム面では立派に針は動いている。その時計は決してとまっていない。動いてさえいれば時を刻み進展するだろう。それを私は否定するのではない。けれども、それに対する他の一面が大切だということを見逃してはならない。それは一体何か?
 私はこれを“班の機能”という本来の作用に照らして検討すべきだと考える。たといプログラムは進行していても、それが班制度のもつ基礎的、本来性から来る“班の機能”によって自発的、自主的に発動して、その力がプログラムという水車を廻したのか、それとも自分のやむにやまれぬ本然の作用ではなく、誰か別の人(例えば隊長、隊委員または県連役員…)が廻してくれた水車(プログラム)の上に、班がフラフラと乗せられたり、乗っかったりしているのを、判定者は判定を誤って、これを正しい“活発なる班活動である。満足すべき状況にある――”と評価したとするならば、このScouting たるや一場の喜劇でしかない。
 私はこういったような、何だかコソバユイScouting が、ある地方では流行しているのではないか?――と空想(空想ですよハッキリ)することもある。
 これに反して、班のプログラムは今一つうまく進展しない。集会の度数も月一回か二回、それも出席は53%位で欠席が多い。けれども出席した少数の者は熱心である。であるからその班活動は可である――と云えるかどうか? 私はこの場合も不可だと思う。それは――傍観者が一人でもあったなら、それはScouting の本来性から云って、班の機能を欠いていると診断するからである。
 結論的に申せば“班の機能は、果たして正当に発揮されているかどうか?”――ということによって判定されるべきであってプログラム面のあらわれだけでは判定尚早なりと見るのである。
 私はこの判定尚早がBS運動全体を至極安易な傾向に甘やかしているのではないか? と実は怖れている。これはお互いに、よほど戒心する必要があると思う。万一そのように甘やかされた班活動が批判されずに進展したとしたら、われわれのScouting は“行事”Scouting に堕し、健全にして正当なる班機能から生まれ出されるScouting でなくなって、班別制度という他の団体に持ち合わせのないこの特異性が、形あって魂なきものになってしまうと私は考える。そのときは、もう、それはScouting とは云えない。
 私は今、何よりも、この擬態的班別制度を撲滅せねばならないと思う。
(昭和26年1月17日 記)

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2010年02月12日

ちーやん夜話集40「自己研修とチームワーク」

40.自己研修とチームワーク
 指導者道の講義で、つねに引用されることは、故佐野常羽先生が、実修所でお話になった実践躬行、精求教理、道心堅固という三つのことである。また三島総長がお話になった運動への忠誠ということである。

 これらは、誠に指導者道を照らし出された光明であって、このタイマツがなかったら、我々は暗い道をふみ損じたかもしれない。時としては非常に自分を奮起させる力ともなったことは事実である。
 ところが、その受け取り方が、極めて大事だということに、最近私は気がついたのである。と、いうわけは、これらの光明は、指導者個々の自己研修を励ます面々に多分に服庸される傾向が強いのではあるまいか…?
 それも誠に結構であります。仏教の教えの中にも驕慢と弊(卑下すること)と惰怠(サボること)は正法を修する者にとっては禁物であると戒めている。天狗になったり、おれには出来んと捨てたり、怠けたりすることは、スカウティングにおいても、正しいスカウティングに伸びゆくことを妨げるものである。このようにして、以上の
教えは、自己研修を励ます上に、またとない力となり、カガミとなることはいうをまたない。
 けれども自己研修を積み重ねたり、深く掘りさげたりするだけで、that's all であるならば、これはまだスカウティングの5合目あたりを登った位のものではないか、と、私は思うようになった。そのわけは、自己研修が最終点でなく、それを足場としてのチームワークが終点であり、それが頂上でありそのもりあがりが、今まで絶頂だと考えていた頂上を、更に更に高め築いてゆくと、思うからである。
 この絶頂が高まってゆくにつれて、おのれの自己研修はさらに勇気づけられて伸びるだろう。
 もしチームワークがなかったら、いい加減のところで自己研修は停止するか、自己満足するか「我流」になるか「私立スカウティング」化して、その人は活きても、死んでしまっても、一つも惜しくない存在に終わってしまうだろう。
 このことは「班別制度」の出来た根本原理に結びつくと思う。班員の中で、とても熱心で勉強家(スカウティングでの)で14才にして富士スカウトになるほどの、自己研修家が出た、と、例にしてみても、その少年が班のチームワークに何らプラスになっていないならば、それは学校の優等生と同じようなもので、一つも公民性が出来ていないことになる。
 ぬけがけの功名手柄を争ったり、一番槍をめざすみたいに、それは個人プレーでしかない。これらは過去の日本でこそ賞めたたえられたが、民主主義の今日では人間として一番いやしい人物といえよう。もし我々のいう「先駆者」「パイオニア」という言葉を一番槍みたいな功名争いに解釈したら、それはとんでもないマチガイである。
 「班」とはスクリーンみたいなものである。自己研修をした自分が、どんな形で、そのスクリーンにうつるかを示すカガミである。即ち自分の在り方を反省するチャンスである。さらに言えば、自分の役割、分担と、それに伴う責任、そして自己のペース(本領)や特質が、班というチーム(小社会)にいかにその在るべきところに
在らしめえたか、或いは、在らしめられたか、を検討する場――それが班である。
 これを総称して、チームワークという。在らしめさせる側のさせ方をもふくんでいる。こういう修練は、日本の過去の教育にはなかったと思う。あったのは、宇治川先陣争い式の、英雄思想の教育であった。
 今日、非常に自己研修の面で、アタマのさがるような傑出したリーダーを私は沢山知っている。けれどもその何パーセントかは、少年時代にスカウティングをやっていなかった。そのためなのか、班別制度の在り方、チームワークの修練にかけている人がある。それが年をとるに従って先輩扱いをうけてくると、自己研修の面での、永年の積み重ねが高まるにつれて、他の一方のチームワークへの不馴れさが暴露してくる。
 そこで、考えさせられることは、いかに班制の運営が大切か――と、いうことである。従って少年の時代から、正真正銘の班活動をやらせよ――と、いうことである。形だけの班なら造作なくすぐ出来る。3分間とはかからんだろう。けれども本当の班は、中々そうはゆかない。
 スカウターは、すべて無給で余暇を奉仕するのが建前であるから、自己研修ということは容易ではない。時間的に恵まれ、立地的に恵まれている者と、そうでない者とでは、大差がつくだろう。そうなると、自己研修を自慢したりハナにかけたりすることは、誠に一方的なヒトリヨガリで、正に児戯にひとしい。と、言わざるを得ない。しかも前述するように、それが終点ではないのだ!
 いい方はよくないかも知らないが、――自己研修の面では2番手であっても、チームワークの面で、すぐれている人の方が指導者道では、一枚上ではなかろうか――。そのリーダーなら、少年たちに、正真正銘の班別制度をリードしてゆけることうけあいだ。と、いいたい。名曲「スカウティング」の楽曲は、いかに名人でも一人では奏しきることは出来ない。
(昭和34年12月10日 記)

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2010年02月10日

福岡中地区事務局ニュースVol.5

福岡中地区事務局ニュースVol.5

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福岡中地区事務局ニュースVol.5
 *今週・来週の行事予定*
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2月11日(木)15NJ保護者説明会(10:00~/美野島公民館)
2月16日(火)団委員長会同・VS100K説明会(19:30~/高宮教会)
2月17日(水)CSーRT(19:30~/高宮SH)


※3月7日ボーイスカウト講習会(美野島公民館)

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ちーやん夜話集39「自発活動ということ」

39.自発活動ということ
 私は最近自発活動ということをひとしお思いつづけている。スカウティングは自発活動に始まり、その不断の持続を以て一生を貫くのだということをハッキリ体得した。もし、自発活動によって入隊したのではなく、また、自発活動なくして班や隊が動いているのであるならば、それは、スカウトではなくて、少年団、または、コドモ会だと思う。

“Scouting for Boys”の巻頭にイギリスのチーフ・スカウトであるロウォーラン氏の序文の中に次のようなことが記されている。
 ベーデン・パウエルが“Scouting for Boys”を書いた意図は、既設のBoy's Brigade やY.M.C.A.の訓練を補足する考えで書いたのであった。然るにこの本を手にした少年達は勝手に班を作ったり隊を作り、隊長を探してきてBoy Scout を作ってしまった。女の子でガール・ガイドを生んだのも、弟分のコドモたちが、ウルフカブを生んだのも、年長の少年がローバーリングを始めたのもすべてこの調子である。――と。
 即ち、スカウト運動はベーデン・パウエルが作ったのではなく、少年それ自身が生んだのだ、と、いうわけである。私のいい方でいうならば、少年どもの自発活動が、作りあげたということになる。こんな珍しい教育は恐らく他にあるまいと思う。
 「私は、名誉にかけて次の三条の実行をちかいます。」――と、いう言葉は、実に、自発活動のスタートである。「私は」という一人称の単数に注意されたい。
 「我々は」といわず「私は」である。他の青少年団体は大多数が「我々は」という表現をとるのにスカウトは「私は」とハッキリ発言するのだ。人から、大人から、国家から、政府から命令されたり押しつけられたり、強いられたりして「ちかい」を立てているのではない。「私は」とハッキリいう以上、スカウトの班や隊は厳密に団体ではない。従ってスカウト訓練は、団体訓練ではない。それは、個別訓練が基礎である。それ故、個人別プログラムは、班や隊のプログラムより先行すべきである。
 少年一人一人皆、顔がちがうように性質も体質も、個性も、家庭も環境も、将来の志望も皆違っている。これを十把ひとからげに一斉訓練するようなやり方をするならば、自発活動は殺されてしまう。班や隊のプログラムは、各個のプログラムの最小公倍数、あるいは最大公約数のものであるべきで、それを因数分解するならば、8人それぞれのプログラムが因子となって出てこなければウソである。個別のプログラムも立てさせないで、徒に班のプログラムがどうの、隊のプログラムだ、と、アクセクすることは本末を転倒している。
 「我々は」でなく「私は」である点を充分考えてほしい。
 スカウト教育は個別教育であることは前述したが、個というものは個体のみでは生きてゆけないし、生き甲斐が出ない。訓練の方法としては切磋琢磨――磨きあい――の方法が効果大である。これがグループ・システムの起因である。人生の年令が加わるほど細流から大河、大海に出てゆく。大きな社会、広い世界に出てゆく。そこで、もまれて、人となる。と同時に、社会または集団の中で、自分がどういう生き方、働き方、をするかテストされる。(否、テストしてみる――自発的に。)そこに自分の分担がある筈。その責任を全うすることによって、協働(CO-Operation)出来る。これが、公民たるゆえんである。
 スカウト教育の目的は、B-Pのいうように、能率の高い公民を作るにある。公民教育であるが故に、協同体における協働の訓練を必至とする。たまたま、少年の本能として群居本能と名づける児群の生活がある。これを活用して教育の組立に役立たせる。これ、即ち班制度である。班制は協働訓練(チーム・ワーク)の単位である。
 隊は、もうひとまわり大きい協働体である。さらに隊の4つ5つをもって小地区とし、小地区の4、5をもって地区とし、数地区で県連となる。と、いうように、この協働体は、どこまでも班制を起点として遠心的に広がり国際協働に至る。
 こういう形を、従来の日本人の概念では「団体」あるいは「団体訓練」とよぶが、私は決して「団体」と思わない。私は「組織体」または「有機体」と呼ぶ。
 「団体」とは、観光団体のごとく、個人の希望を一時すてて便乗するものである。観光が終われば解散する。
 「団体とは離合集散体である」と私は極言したい。「一時的便乗体である。」他人の作ったプログラムに便乗して運ばれるだけだ。コドモ会がその一例である。きまったメンバーがあるようで実はない。出席不定、風の如く集まり、音もなく去る。メンバーとして分担もなければ責任もない。一体、参加しているのか傍観しているのか、ハッキリしていない。
 スカウティングには、一人の傍観者もあってはならない。「全員参加」を必須とする。ゲームの時も、班の営火劇でも全員参加を立前としている。一人残らず分担( part )をもつ。各人のpart の協働によってparticipation(参加)が成立する。それは、組織体、あるいは、有機体の原則である。一つの器官(例えば胃とか肺とか)でも欠席したなら生物(有機体)は生命を失うだろう。班とは生物である。定刻に一人でも遅刻または欠席すれば班の機能は滅殺する。否!、班は成立しない。ここに公民教育訓練の厳しさがあるのだ。「団体」は無機物である。
 B - P は“ Scouting for Boys ” に― ― The main object of the patrol system is to give real responsibility to as many boys as possible with a view to developing their characters. 「班制の主たる目的は、出来るだけ沢山の少年たちに人格を発達させるため、本当の責任を与えるにある。」と記している。
 責任を与えるとは、分担、役割(part)を与えることである。そのpart が協働して「全」となる。Each for all(全のための個)であるし、逆にAll for each(個のための全)でもある。
 「個」と「全」との相関関係である。即ち、スカウト各個人によって班は構成されて「班格――班の人格」が出来て発展するが、逆にその「班格」によってスカウト各個の人格も造立され発展されるのである。有機体とは、こういうものである。
 諸君!! 陶器と磁器とは一見、同じようで見わけがつかないものである。陶器は陶土で、磁器は石英粗面岩で作る、と一応常識的知識でいい得るが、さて、これはどっちか? と、きかれるとハッキリ答えられない。ボーイスカウトと、少年団も、これと同じ。古い人たちは、今でも、ボーイスカウトは少年団であり、少年団は即ちボーイスカウトだと平気でいうている。私は有名な、ある陶工の大家から、次のような名言をきいた。――― 陶器と磁器との区別は、本当にむつかしいです。陶器は有機物で生きているが、磁器は無機物で死んでいます。
 いわゆる何百年もたった古い名器(茶碗の如き)は、陶器ですから、生きていて、形も変われば色も変わりつつあります。だから貴重なものです。東照宮の古杉の並木と同じです。これは、陶器ですが(と、一つの作品を手にして)生きていますから刻々に、形も色も変わりつつあるのです。」と。私はその瞬間、ボーイスカウトは陶器で少年団は磁器だ!! と思った。実によく似ている。班制もあれば班長もある。ネッカチーフをかければ見わけがつかぬ。
 陶器を作らないで磁器を作っている人はないですか?
 その陶工さらに言葉を加えて曰く「磁器は、多量製産が出来ますから商売にはなります。陶器の中にも硬質陶器があってこれなら多量製造が出来ますが、内容としては有機物ではありませんよ。」と。
 自発活動の強い人間でなければ、物の役に立たないし、人格、健康、技能、奉仕も自主的に出来ず、結局、奴隷になるほかない。自発活動についてもっと考えたい。
(昭和30年5月8日 記)

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2010年02月09日

ちーやん夜話集38「技能章におもう」

38.技能章におもう
 私の住む狩野村にも、那須第13隊が結成されて、スカウトの香りが村中に漂い始めました。宇都宮市にも、今度第1隊が出来て、同市としては始めてのことで張り切っているようです。とりわけ那須第13隊は、昔あった、那須野ボーイスカウトが再建され、昔の団旗が伝統旗と銘打たれて、新隊長に渡されたという点で、列席者達を感激させました。

 今の中学生、高校生たちは、昔の学生と外見も心情も大変ちがっていて、私にはどうも親しさがピンと来ないのですが、スカウト服の少年達は、その点、今も昔の少年と一向かわりなく、にこにこして明朗なのに2度びっくりしました。“自分はスカウトだ”という意識が、否スカウト教育の力が、現代の少年を、そのように育てているのだと、私は思いました。大変うれしいのです。
 私はかって、隊長をしていた10余年以前と同じ気持ちで、今の新しいスカウトと同席して、語り歌うことが出来ました。これは近来の一大発見です。国敗れ、人心一変するも、スカウトスピリットは昔と変わらぬ、そして、ひとたびこれに触れれば、いつの時代の少年をも、薫化せしめ、この道をたのしませることが出来るのだ、と。私のスカウト道を信奉する念は、いっそう強まったのです。
 ここに1人の少年がいる。その少年は学校では劣等生である。いつも先生から、叱られ、親は、その少年に期待をかけない。同級生も彼を尊敬しないのみならず、馬鹿扱いする。彼はみんなが、そう評価するのだから、まちがいなくオレは劣等生で、馬鹿なのだろう、と思う。相手にされないし、あそんでもくれない。すべて悲しく、さびしいが、もう泣きなどしない。あきらめた。彼は鶏に餌をやるときだけが楽しみだ。鶏だけが彼の来るのを期待し、よろこんで迎える。飛びついて来るから、彼が叱ると、彼のような劣等人間の命令でも聞いてくれる。こうして彼は学校から帰ると、1人とことこと歩いて鶏小屋へいそぐ。
 鶏の中にも、彼と同じような劣等生がいることがすぐにわかった。その鶏を彼は抱いてやった。涙がわいてその鶏の上にこぼれた。彼は、その一羽の劣等生を可愛がった。そうするうちに、彼は鶏飼育の名人になった。 
 けれども誰も彼が、鶏を飼う天分をもって生まれたとは思わない。彼も初めはそう思わなかった。“人はみな誰でも何か一つは人にすぐれた天分をもつものである。”ということを、新聞で、誰かが開いた座談会の記事を彼は読んだ。それで彼は、鶏を飼うことが、ひょっとすると自分の天分ではなかろうか、と考え出した。学校の科目の中に養鶏というのがもしあったら、オレは優等生になっていると思うようになった。彼は自己を発見した。その天分を伸ばしたいと思った。けれども、学校の先生は、彼を相手にしてくれなかった。
 スカウト教育に入らない少年の中には、こういう少年が、沢山いるのではあるまいか? 教育の機会均等などと、立派なことを口にしながら、教育家と称する人達は、限られた時間割で限られたページの本から、限られた者に、限られた教育をしつつあるのだ。
 スカウトの技能章制度の立案をなしながら、私は考えさされた。養鶏章をとるべく、この少年が一心不乱に、プロジェクトしたならば、彼はこの一つを通してでも、人格造立を果たすことが出来るにちがいない。劣等感よ! うせてしまえ!!
 技能章こそは、教育の機会均等のために、万人が一人残らず、自己の天分を自覚して、勇み立ってこれを伸ばす鍵となり、自己を信じて疑わず、自己のペースをよく守り、相対の世界にひきずられてくよくよすることなく、自己の技能をもって、よく他人のために奉仕する心を生ぜしめる、尊い発心をよび起こす鍵となることを意味すると私は思う。
 それにもし、技能章は職業訓練のためだ、などと思うような人あらば、この人、けだしともに語るに足らぬ。
教育とは、それほど打算的で、狭い小さい浅いものかね、といいたくなる。
(昭和26年10月1日 記)

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2010年02月08日

ちーやん夜話集37「技能章について」

37.技能章について
 スカウト教育の三大制度の中の技能章制度がまだ実現されなかったことは、我が国BSの一つの大きな空白であったのだが、いよいよ1926年度実現のメドがついたので、遠からず全国のスカウトたちはこの新しいプログラムに歓声あげて突入することであろう。

 そこで技能章教育の性格、その目的は何であるかということについて指導者はハッキリした理解をもたねばならなくなった。今まで講習会の講義で述べられたことは、実際に技能教育をやっての上から来る講義というよりも、書物などから、或いは教育論の上から来るいわば抽象的な概論的な講義であったことを、私自身の反省から告白できる。といって、他の人々の講義もそうだ――とけなすつもりは毛頭ない。これは日本BSの発達の段階として無理でないことを是認されねばならない。
 今度、いよいよ実施するにあたって、私はもっと具体的に掘り下げて、その本旨を把握されねばならぬ――と思う。私は約2カ月の余を技能章に没頭して来た。そして、その間色々の問題にぶっつかった。何れそれらの私のなしたプロジェクトはまとめてみたいと思うが、まだそこまで出来ていない。ここにその一部を書かせて貰う。
 「技能章の性格」――という意味で、最も古く研究されたのは、故中野忠八先生で「少年団研究」の第二巻第六号(大正14年6月号)に「徽章制度に就いての考察」というのが、私の注目をひく。その論文の中の主要な点を引用する。
4 スカウトの訓練はスカウト集会時だけを以て完全を期するのではない。即ちこの制度は集合時以外の少年の時間をスカウトの中に掴まえる処の作用をなすのである。
5 指導者は適当なる助言は必要であるが無暗に奨励すべきではない。スカウトの閑時を利用せしむるものたることを忘れてはならぬ。又直ちに職業教育と解してはならぬ。スカウト自身の自己発見たる一事を銘記せねばならぬ。併し、そのことに熟練の度を進めたるときは、必要に際し職業となし得る便宜あるは云うまでもないことである。
6 学校の成績が良くない少年が、特殊の技能に於いて天才的に秀でたることがある。学校の課目は人間の全能力に触れていないから、学校の課目に触れざる処に如何なる天才的能力が隠れているかも知れない。この隠れたる能力は、この制度によって啓発せられ、天分を発揮し、その個人の為にも人類の為にも幸福に寄与する事が少なくないのである。学校の成績が劣るがために自ら軽んじ、進取の志を挫かれる可憐な少年も、この制度によって勇気を与えられ、時としては自己の能力を知る事によって、不良なりし少年も学課にまで好影響を及ぼす事さえある。
 これに対し、職業指導の面に活用せよという論文が、米本卯吉氏、津戸徳治氏などによって同誌に出ているのは興味深い。
 私は今これらを詳しく述べる余裕がない。けれども新制中学の教科は学校教育令に明示されているように、職業指導であることを見るならば、人格完成という本筋の教育目的と、この職業指導との不可分性を無視することは出来ない。又、同じプロジェクトにせよ、これをBSとしてやるのと、4Hとしてやるのと、これまたネライが異なることを最近4Hの人々とのディスカッションで私は知った。
 何れ、時期を見て、私はまとまった研究を出したいと思い、只今資料を集めている。
(昭和26年5月30日 記)

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2010年02月04日

平成22年度コース開催予定(2/1現在)

ウッドバッジ研修所開催予定
http://www.scout.or.jp/j/info/training/h22wbken0201.pdf

団運営研修所・コミッショナー研修所開催予定
http://www.scout.or.jp/j/info/training/h22grcomiken0201.pdf

ウッドバッジ実修所参加者募集要項
http://www.scout.or.jp/j/info/training/h22wb_jitsu_bosyu.pdf

申込締め切り日(課題研修・参加申込書日連到着日)
VS19期:3/28
BVS33期:4/1
CS149期:4/1

指導者申請書関係ダウンロード
http://www.scout.or.jp/j/info/download/download_leaders.html

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ちーやん夜話集36「バッジシステムの魅力」

36.バッジシステムの魅力
 進歩制度はこの旅の一里塚である。どれ程の旅が出来たか、それを自身で量り知る里程表である。時として階段である。山寺への坂道に立っている十丁とか八丁とか記してあるあの建石である。

 班別は旅の道づれであり、進級は旅そのものである。人生が旅である以上、進級制度は必修科目である。
Hiking の形がそのことを具象している。進級しない者は旅をしない者で、旅をしない者はスカウティングではない。
 まだ見ぬ山河を胸に描き、希望を抱いて颯爽と旅立つところにスカウティングは始まる。
 旅にはお土産がほしい。技能章はお土産であろう。自分の好きなものを得ることが出来る。
 子供達は競争でそれを得るであろう。これは、自分の力の代償として獲得するのである。それはあけて悔しい玉手箱ではなくて、開けて自分の生活を助ける玉手箱である。
 選択科目であり、適正適職のよすがになる。新教育による学校教育法第36条第2項において、新制中学校の教育はハッキリと職業指導をその性格の一つにあげている。しかしスカウトの職業指導のやり方の方が一日の長がある。その仕組みにおいて授け方において魅力がある。この線に沿うならば、世にいう所の科学教育も、新しい進展をすることを確信する。
 科学教育振興のための協議会が何百回となく過去に催され、学者や教育家達が甲論乙駁、名論を戦わしたのであるが、今もって具体的な方案は一として出来上がっていない。協議会の速記録がプリントされ、その記録が埃に埋もれて堆積されてるだけで、ペーパープランに終わっている。誰一人としてバッジシステムに思い及ばなかったとは何とした無能揃いであったことよ。バッジの魅力――それに気づかなかったのだ。
 Scouting は実に傑出した新教育法である。そして、そのスタンダードは実に班制にあることを認識せねばならぬ。近時学校教育にもグループシステムが強調され、一種の班制が作られるに到ったが、同一年令児を以て組織した班制というものには、今一つ欠けている機能がある。それはドン栗のセイクラベということである。  
 兄と弟という関係がないということである。結局学習のための方便としてのグループにすぎない。スカウトの班はスカウティングのための方便ではない。班制即ちScouting なのだ。このことを初心の指導者はよく知ってほしい。
 だから班制が形だけにとどまっているとしたら、そのスカウティングには根は生えぬ。従って成長しない。指導者が鞭うってタタキまわらねば車は動かない。徒に苦労するだけでオシマイだ。車は割れてこわれるからである。といって指導者が自分で車をひいたとしたら車は廻るかも知れんが、それは、猿のひいた車でしかない“Monkey Scout”だ。
 子供のものでなくなって、陣頭指揮型である。
(昭和25年1月20日 記)

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2010年02月03日

ちーやん夜話集35「1956年の意義ジャンボリー」

35.1956年の意義ジャンボリー
 1956年のハイライトは何といっても日本ジャンボリーの開催である。これは今までの皇居前広場(日比谷)や新宿御苑で行った全国大会とも違うし、蔵王でやった大会とも異なる構想に基づいている。いわば本格的なジャンボリーの最初のものだといえよう。

 ジャンボリーは、祭典である。だがお祭り騒ぎではない。次のような教育効果がなければなるまい。
 第1には「参加する」ということである。これはオリンピック大会でも同様であって、勝敗を争うため行うのではなくて「参加するためにいくものだ」といわれている。参加するということは一つの教育であらねばならない。  
 従ってプログラムであり、プログラムがある。たとえば5月末までに初級スカウトは2級にならなければ参加資格がとれない。もうあと5カ月しかない。あと何科目残っている、それを、いつ、どうとるか、というプログラムが生まれる。また、参加費や旅費や不足の用具を、どう工面或いは稼いで作るかというプログラムもある。
 こうしたことのプロジェクトに教育効果がある。唯、参加するという言葉だけのものではない。
 第2に、現地に着いてから何をするか、というプログラムと、それをどう分担するかという役割、これぞParticipation すなわち「参加」の本当の意味であるが、ここに至妙な教育的ねらいがあるわけだ。以上のことが欠けたなら唯のお祭りさわぎに終わる。
 第3には、親和ということ。即ち他県や外国のスカウトたちと本当に兄弟であるという実感の体得である。これぞジャンボリーの本質といえよう。ジャンボリーは訓練ではなくて祭典だということは事実であって、昨年の富士特別訓練とは性格を異にすることもわかってもらいたいが、それと同時にジャンボリーもまた、教育であり、プログラムであることも忘れてはならない。
 集まれば必ず「励ましあい」(emulation)と「競争」(competition)が起きる。自己の足らない点、まさっている点がわかる。これによって学ぶところ非常に大きい。第4の教育的ねらいがここにある。友誼に厚い――ということはこの場合、身にしむと思う。おきて第4だけでなく、12のおきてのすべてが身にしみてくる筈である。そういうチャンスを与えるものが、ジャンボリーなのである。第5にスカウト熱をあげるチャンスであるということ。
 昨年の富士特別訓練は、今年の日本ジャンボリーへの一つの試行であった。計画、実施の側からいっても、これは大いに勉強になった。今度はその時の10倍、1万人の参加者を予想するから目下委員の方々は大童である。
 来年イギリスで世界ジャンボリーがある。その準備は既に昨年からかかっている由である。これは、スカウト運動50年祭と、ベーデン・パウエル生誕100年祭のジャンボリーである。日本も将来いつか世界ジャンボリーを主催するだろう。その時の準備は並大抵でない。今度の日本ジャンボリーの準備委員の方々も、そういうわけで目下勉強されている。かよう我々のすることは皆、勉強である。
 1956年はこういう次第で日本のスカウト運動発展の上に深い意義があると思う。
(昭和31年1月8日 記)

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2010年02月02日

ちーやん夜話集34「スカウトソングについて」

34.スカウトソングについて
 大阪の南東地区でスカウトソングの練習会をやる、という記事を見て、これは良い計画だと思った。それで、思いつくままに、スカウトソングについて書くことにする。
 ある年の夏、私のところ(那須野々営場)に、カブスカウトが何コ隊も合宿訓練に来た。平生は淋しい、この大きな森も、急に若い人たちの声で賑やかになった。夏分なら最大限300人位舎営出来るここの設備も、ほとんどフルに活用された。隊によって皆それぞれの特色があった。

 私は、だまって見ていたのだが、結局、一つの重大なことを発見した。それは、盛んに歌っている隊のコドモは、自発活動が旺盛だ、と、いう結論である。これに反して歌うことを進んでやらない隊のコドモはおどおどしていて、いつも隊長の顔色をうかがって動いたり、その命令を待って動いているさまが、私の眼に強く印象された。スカウトソングの教育的価値というものは、情操教育とか、スカウト精神の発揚とか、親和力のもとになるとか、表現教育であるとか、一つの健康教育、リズムによる心身のバランスの調整とか、色々と説明され得よう。
 だが、これが自発活動力のアクセルになるという見方は、私にとって全く新発見だった。これは全く偽りのないことで、気分の悪いときや、病気や心配事のあるときには、歌はうたえるものではない。そういう時には、自発活動も弱っている。これに反して気持ちのよい時には、自然に歌が口をついて出るものだ。そういう時には自発活動も旺盛だし、飯もうまい。
 だからといって、楽譜を無視した歌い方や、拍子をまちがえたタクトのとり方や、ふざけた歌い方は、むしろ歌はない方がマシということになる。これは、指導の仕方によって、どうにでもなると思う。例えば「光の路」についていうと、「おうぞらを…」の出だしの「お」は第4拍から出るべきなのに、第1拍にしたタクトのまちがったとり方――これは各地とも非常に多い。また「君が代」は完全な4拍子であるのに2拍子でタクトをとる人がある。これなどは楽譜を読む力がないのか。ただ、手をふって調子をとればよい、と簡単に考えている人だろうと思う。もう、こうなると、3拍子の歌曲などメチャ、メチャになる。「そなえよ、つねに」の歌が好例である。
 いま一つ、ちょっとむつかしい例をとるならば、「営火の祈り」の歌。あれの、8小節から9小節にかけての「いのりは…」のところの、「い」は、8小節の第6拍である。従って、そのあと「…たちのぼりて」までは裏拍子を歌うわけになる。それは、ちょうど、アメリカ民謡のオールド・ブラックジョーの歌の、アイ、カミング…のところと同じように裏拍子になっている。然るに、一般の歌うのをきいていると「いのり…」の「い」は第9小節の第1拍に、さげて歌っている。これではこの曲の切々(せつせつ)たる楽想がこわされるのだ。
 この歌曲は6拍子であり、8分音符6つで1小節になる構造なので、指導の仕方がむつかしい。私の作詞作曲になる「山鳩」の楽譜――これは、3拍子と4拍子とが入りまじっている珍しい構成である。この歌曲でタクトの練習をすると、今、私の云っていることが、よくわかると思う。
 最後に、「花はかおるよ」の歌曲。これは、最もむつかしい一例である。作詞者は葛原しげる氏(現に広島県福山市に健在)作曲者は山田耕筰氏である。「ボーイスカウト歌集」10頁の楽譜の右上辺に、これが書いてないのは手落ちであるが、両者ともスカウトではない。旧日本連盟の委嘱によって作詞作曲して頂いたのである。
 さて、この歌曲の4小節目「なのーか」のところの歌い方、且つはタクトのとり方――これぞ研究すべき好題目である。・・・・である。これを計算すると2/4+1/8+1/4+1/8、通分すると、4/8+1/8+2/8+1/8=8/8=4/4になる勘定。「な」は2拍、「か」は半拍になる。そこで「の」と「か」との持ち時間の工合いいかん、という点にカギがある。これは、くりかえし、くりかえし自分で4拍子のタクトをとって練習して会得すべき一例である。
(昭和30年8月30日 記)

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2010年02月01日

ちーやん夜話集33「B-P祭にあたって」

33.B-P祭にあたって
 世界のクリスチャンが12月25日をクリスマスとして祝うのと同じ気持ちで世界のスカウトは2月22日のベーデン・パウエル誕生日(マス)として祝う。もう、今ではお祝いするというよりも追慕するという方が適切であろう。それは1941年1月8日、アフリカのケニヤで世を去られたからである。既に10年前になる。

 外国では、その人の死んだ日を記念しないで生まれた日をその人の記念日としている。日本や東洋諸国のように死んだ日、いわゆる命日というものを行わない。イエスキリストが果たして12月25日に生まれたかどうかについては異説があるそうだが、ベーデン・パウエルは確実に1857年2月22日ロンドンで生まれた。日本の年号で安政4年で明治元年よりも11年以前である。チーフスカウトの詳しい年譜や伝記については吉川哲雄先生あたりにお願いするとして、私は、かつて大阪の高津中学(現高津高校)スカウト華やかなりし頃のB-P祭の思い出をいたしたい。
 そのころ一体誰がB-P祭をやろうと言い出したのか私の記憶にないが、いつのまにか隊(そのころは団といった)の年中行事になってしまった。また、そのやり方もいつしかきまって来た。まず、その前週の名誉会議(今でいうグリンバー・パトロール・ミーティング)で各班長が相談して、隊としての企画をきめる。そして各班の分担をきめる。例えば馬班は式場係、鷲班は装飾係、白熊班はエサ係(これは茶話会の食べもの係のこと)兎班は後片付け等々である。2月の末といえばその当時、中学校としては第三学期の峠で、五年生は卒業試験もすんで上級学校入学試験の準備中であり、卒業式を旬日の後に控えている。在校生は、第三学期の試験前の一種ボヤッとする時期なので、期せずしてB-P祭がすんだら勉強にとりかかろうというキワになっていた。
 いよいよ当日になり、学校がひけると皆クラブルームに集って来て服をきがえる。ユニフォーム姿になると、その頃は冬でも半ズボンなので、寒くてじっとしていられないので、各自の分担についてバタバタ走り廻る。式場は正面にベーデン・パウエルの写真を飾り、そのバックに英国旗を張りつけ、壇上、向かって左に国旗の室内掲揚柱、右側に隊(団)旗、それにならんで各班々旗を立てる。唯、異様なのは写真の前に大きな花瓶が花なしに安置されていることである。
 祭典は形の如く国旗掲揚から始まり、英国旗に敬礼し、団長たる私からチーフスカウトについて短い誕生の話をする。そして各班の最年少者が、それぞれの班で集めた色とりどりの冬の花の花束を捧げてB-Pの写真の前にあらわれ“おじいさん、お誕生おめでとうございます”というような言葉をつけて花瓶に花をさす。班の順番にそれを繰りかえす。それで献花祭とも云った。
 それがすむと、当番班長の発声で“いやさか”を三唱して式は終わる。これからが第二部で室内シンポジウムになる。室内営火の形でもある。唯、各班の演技の中にベーデン・パウエルの伝記の一節が必ず劇化されねばならぬのが特色である。その他はソングや室内ゲーム等々、何でもよろしい。時期を見てエサが配給される。センベイ、モチガシ、ミカン等々であるが、冗費節約のためセンベイやオカキは松屋町あたりの問屋から屑物を安く沢山仕入れて来るという点、さすがは大阪っ子である。かくて茶が汲まれ和気アイアイとして番組は進行する。約1時間半くらいで会を閉じる。またたくうちに後片付けして、たのしかったB-P祭は終わりになる。
 こういう行事を私の団長であった十数年間くりかえした。時に高校や高専に進学した先輩スカウトがやって来
て、昔の自分の班をなつかしみ後輩を激励もする。鈴木君や村田君などの昔なつかしき光景なのだ。
 私は、終戦後の再建スカウト各隊のためにB-P祭を行われることを進言したい。この22日を含む一週間を全国的、或いは県連的にスカウト週間として特別なEvent を持たれるよう望んでいる。アメリカではスカウト週間中全員必ずユニフォームをつけねばならないと聞いている。これは世人にこの運動を認識させる一法でもあろう。ガールスカウトはこの日をThinking Day(思念の日)として全界のGSがお祝いする。
 下に記した一文はB-Pが1941年1月8日アフリカのケニヤでなくなられた、直後発見された遺言文である。アメリカ版の“Scouting for Boys”の巻末に出ているのを私が下手な翻訳をして見た。これをもっと上手になおして貰いたい。そしてB-P祭の時、朗読するならば、我々の追慕の念を最も適切に表すことが出来ると思うし、この祭典の意義を最もよく発現するものだと考える。

チーフ・スカウト最後のメッセージ

親愛なるスカウト諸君
 君達が、もし、“ピーターパン”の芝居を見たことがあるならば、海賊の頭目がいつも、遺言状を用意していたことを思い出すであろう。それは彼が死期の来た時、彼の箱からそれを取り出す時間がないかも知れないことを虞れたからである。それは私の場合も全く同様であるから、今私は死ぬのではないけれども、私はそういう日の来ることを思って君達にサヨナラの一言を送りたいと思う。
 諸君が私から聞く最後のものになるだろうと思ってほしい。くれぐれもそう考えられんことを…。
 私は最も幸福な生涯を送った。だから君達の各々にも亦幸福であるよう私は望むのです。
 私は神様が私たちを幸福にすべく、生を楽しむべき愉快なる世界に下し給うたことを信ずるのです。幸福というものは金持ちになったり単なる立身出世することや、我がまま気ままから来るものではありません。幸福に至る一つの階段は、君達が自身を少年の時代から健康に強壮にすることにあります。そうすれば君達が大人になったとき、役に立つ人間になることが出来、そして生活を楽しむことが出来ます。
 自然研究というものは、この世界が美と驚異に充ち満ちていることを教え、神様がそういう世界を君達の快楽のためにお造り下さったことを示すでしょう。
 君達の得たるところのもので満足し、その最善をつくしなさい。物事の暗い面を見ないで明るい面を見なさい。
 けれども本当の幸福を得る道は他人に幸福を与えることによって得られるものです。諸君の発見した世界より、多少でもこの世界を善いものにするならば、君達の死ぬる順番が来たとき、君達は自分の最善をつくしたのだから兎に角、時を無駄にしなかったという幸福を感じながら死ぬことが出来ます。この考え方の上に“そなえよつねに”を行なって幸福に生き、そして幸福に死ぬこと――それはスカウトのちかいをいつも実行することです。
――たとえ諸君が少年であることをやめた後でも――そうすれば神様は諸君を助けて下さるでしょう。
君の友
ベーデン・パウエル・オブ・ギルウェル
(1941年1月8日、ベーデン・パウエルの死後彼の書類の間から発見されたものである)

私は、三つの“ちかい”をこの意味から“幸福への三つの道”と考えている。
私は偶然にも2月21日に生まれたので、B-Pmasの前夜祭を祝う幸福をもつ。
なお、このB-P祭当日の2月22日は、ワシントンの誕生日であるとともに「国際友愛日」(International Friendship Day)であることを追記する。
(昭和26年2月1日 記)

Posted by tsutsumi at 09:32 | コメント (0)