2010年03月19日

ちーやん夜話集54「跳び越えるべきもの」

54.跳び越えるべきもの
 “Aids to Scoutmastership”(「隊長の手引き」)の巻末に、B-Pは「平和と善意の人類」という項目をあげ、その説明には一字一句も示さずして、1人のスカウトが帽子をとばしながら木柵を跳び越える絵でこれを現わしている。

 その木柵は5本の横木があって、上から自己中心、民族的嫉視(しっし)、信教の相違、階級意識、不機嫌、という文字が書いてある。即ち、この5つの障害を跳び越えなければ平和と善意の人にはなれないぞ、という示唆である。
 スカウターとして、跳び越えなければならない柵が、この外にもあると私は思う。それは、天狗、名誉欲、虚飾等々である。「実修所を修了したくらいで一人前の指導者になったなどと思うな」とよく注意される。しかし、その程度の初心者の天狗はまだ可愛らしい。稚気愛すべきでその「ほこり」が時には役に立つこともある。
 ところが、実修所に10回も奉仕し、講師をつとめたり、所員になったり、副所長だ所長だ、中央、地方の役員、さては受章されたなどと、経歴がつき兵隊の位でいうと、少将や中将になったような気のするオエラ方の天狗振りは、これとは異なって誠に感心出来ない。それはどんなことによって表れるかというと、「うむ、そんなことは、もう、とうに知っている」ということによって代表される。
 私は知っていることを知らぬふりをしなさい。と、いうているのではない。知っているということが、いかにその逆を意味するかに自ら驚くからいうのである。
 知らなかったことを本当に知ったときの愉悦感、そして知らせて下さったものへの感謝、よろこび。
 そういう、よろこびの連続がスカウティングだなァと、いうことを、私は今回の第1期日本ギルウェル実修所で感じた。
 子供というものは、知ることを喜ぶものである。大人である私のスカ天狗の戒めとしたい。
(昭和32年6月12日 記)

Posted by tsutsumi at 2010年03月19日 09:18
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