53.ユーモアの功徳
およそリーダーシップをとる人に、大切なことは、ユーモアである。ユーモアを発散出来ないような者はリーダーとして失格ではなかろうか? またユーモアを解しない者は、スカウトとしても、一流のスカウトといえないのではなかろうか? そんなことを私は、永年考えて来た。
私が昔、大阪で高津中学の教員をしていた頃は、今の社会科が、地理、歴史とわかれており、歴は、1〜2年生が国史、3年生が東洋史、4年生と5年生の1学期が西洋史、5年生の後半が上級国史というふうになっていた。私のところでは、2年の3学期から東洋史にはいって、3年の2学期に西洋史にはいることにしていた。ところで、歴史の中でも東洋史というしろものは、教える先生も苦手であり、教わる生徒も面白くないとみえて、なかなか乗ってこない。
その理由の一つは、東洋史専攻の先生が極めてまれだったこと、即ち先生みづからが、わかっていないことにある。田舎の中学になると年寄りの漢文の先生が兼務するのが例で、話術や講談調でゴマかすか、漢詩をうなって人気をとるかして間に合わせていた。当時、国史の先生は大体右翼型、西洋史の先生は左翼型だったようだが、それが東洋史をも教えるとなると、いきおい帝国主義や軍国主義や赤印に傾いてしまう。
国史や西洋史のアタマでは、到底コナせないあるものが東洋史にはあるのだが、それが先生たちにも消化できないのだ。
それはそれとして、東洋史の始めの方に、戦国の七雄というのがある。七雄とは、今の中国の黄河の沿岸から、揚子江にかけて勢力を示した、沢山の小政府の中の七つの大勢力圏で、秦、楚、燕、斉、趙、魏、韓である。私はこれを暗記させる方法として、お経みたいな声を出して「シン、ソ、エン、セイ、チョウ、ギ、カーン」とやったら、生徒は面白がって口真似をし、みんながケッコウ暗記してしまった。
この要領で、南京に都した六つの朝廷、即ち六朝の名も「ゴ、トウシン、ソウ、サイ、チョウ、チーン」(呉、東晋、宋、斉、梁、陳)とたちどころに生徒は暗記できた。そしていわく「チーヤン先生は、オモロイやつやなあ」と来た。
大正14年7月、私の隊は、宮津線の由良川から宮津まで移動野営をやった。2泊3日の行程だった。今から考えると私も新米で初級の者も移動野営につれていったものだった。
災熱の路上に2人の初級(中学1年)は、リュックを背負ったまま、小休止5分間の短い時間、ヘタばって、グウグウ、イビキをかいて寝る有様。班長が「出発!」と号令をかけても中々起きない。当時32才の若い隊長の私は例の茶目ぶりを発揮して「デッパツ」と大声で叫んだものだ。すると寝ていたドビンもシャモジ(彼等のニックネームです)もスクスクと立ち上がって歩き出した。
出発――をデッパツといいかえただけで、みな爆笑して、元気をもり返したのである。これ、青少年独特の真理なりと一席ぶちたいところである。
叱らずして自発活動を誘い出すにはユーモアに限ると思った。私のような気むづかしい理論屋は、特に、この逆手(ぎゃくて)を必要とする人間なることを自覚している。
B-Pにしろ、ローランド・フィリップスにしろ、ユーモアにかけては人後に落ちない達人であった。これを欠くならば、青少年は、決してついて来ない。ユーモアはレクリエーション、即ち疲れをなおす再生薬である。ビタミンB1B2かCみたいなものらしい。
昭和の9年か10年、上加茂で年少部の実修所があるので入所した。すでに少年部の実修所の隊長役を数回つとめた奴が、実習生として入って来る。と、いうわけかどうか知らんが、私の班は直径30センチもある根っこを、三つも堀りかえさねばテントが張れないサイトを与えられた。平地の班は、ゆうゆうと夕食を食べているのに、わが班は、汗だくで土ほり中である。
「難行苦行はカブにはない筈やないか」と、一人がボヤイた。すると一年志願兵出身の高松少尉殿(現在、住吉大社宮司)が、「ナニをいう。スカウトに難行があるか!」と一発ボエンをくらわす有様。その時班長役の私の口から無意識に出たのが、「ウスクィ、ヴィ、ヴィ、ウスクワッ、ヴァ、ヴァ、ジーボン、アークックー」という南阿のイェールであった。
このトテツもないイエールによって、みんな、不思議な元気が出て、作業はどんどんはかどって、テントも張り、夕食もすみ、最初の夜の営火の時間に間に合い、しかも営火の演出に優勝したのには、班長の私もあ然とした。営火のだしものは、相談する時間もなかったので、「爆弾三勇士」をやった。長い棹を三人でもって燃えてる火の中に本当に飛び込んで、向こう側に、ひっくりかえって戦死するだけで、残りの三人は、そのとき、バーンと叫んで、バケツと箱をたたくだけ…。実に今でいう、ブッツケ本番ものだった。
私はこの時、もし、あのイエールがなかったら、この班は最後まで愚痴をくり返し、班精神なんて到底生まれなかったろうと思う。イエールの効果はユーモアを呼ぶからで、それが、イエールの持ち味であろう。ソングと違う点である。しかし、ソングでもユーモラスのものもあってよい。そう考えた私は、その種のものも若干作っている。
「おうMy班長」だの「スカ天狗の漫遊記」だの――。
「スカウトは、ユーモアに励む」というものを雑誌に書く気になったのも私のこうした自発活動のほとばしりによる。
(昭和34年5月12日 記)