50.万年隊長論
現役第一線の指導者とは誰か? それは隊長である。――と答えて間違いあるまい。いかにベテランの指導者が雲のようにたくさん居ても、その人が現役の隊長でないならば、まずその席を現役の隊長にゆずるべきであろう。隊長の人格、識量、指導力を中心としてこそ、BSは組織として成立し得るものである。
隊がまとまらないでは、県連も、日連も成り立つはずがない。隊は班から成り立ち、その班というものがスカウティングの単位であることはいうまでもないが、いくら班が単位であったにしろ、一つの班というものは、登録の単位にはならない。いかにすぐれた班長があり、上級班長があっても、隊長が欠員の場合、それは完全な組織にはならない。
隊長として、最も苦しみ、かつ求めるものは何であるか? 育成会のBSに対するより大きな理解と財的後援、団委員会の教育に対する熱意と支援、それに加えて隊長への絶対の信頼――など、これがなければ実際にやれたものではない。
そのほか、県連、地区、小地区コミッショナーのよき訪問や、円卓集会での共励切磋(きょうれいせっさ)による指導力の成長、いろいろの指導資料の入手――これまた願うところである。
以上は、隊長就任以来1〜2年の隊長たちに、殆ど共通した苦しみであり、かつ請求である。この域をすこし経過し、3年4年と隊長経験を増すにつれて、次々と新たな苦しみと願求が起きる。いろいろと起きてくるが、真剣にやればやるほど起こってくるものは、結局プログラムのたて方と、指導技術の二つに帰着する。
もしこの二つに、あまり苦しみを感じない隊長があったと仮定すると、それは、いい加減にお茶をにごして、立ち廻りの巧みな隊長といってよかろう。彼等は、どうせ一年か二年したら、隊長をやめて、ベテラン顔をしたがる人種だろうから、問題外である。
問題になるのは、五年も六年も隊長をつとめ、恐らく十年以上の歳月をこれにぶち込むために精進する隊長である。これこそ、まことのベテランとなるような人物である。
日本のボーイスカウト再建後、日なお浅く、人物払底のため、目下のところすぐれた隊長は、コースリーダーや、コミッショナーの候補者に推されがちで、万年隊長を狙う愚直、地味、重厚な人物の存在をこばみがちであるが、もう三〜四年したら、日本にも本当に隊長らしい隊長が出現するであろう。
こういう、真に苦しみ、真に求める人々のために、隊長研修のコースをもちたい。万年隊長のコースを!
(昭和26年6月6日 記)