2010年03月03日

ちーやん夜話集48「ボエンの意義」

48.ボエンの意義
 再建10周年記念の大阪大会に、私は参加できなかったが、この前の大阪大会にくらべて企画の面でも非常に進歩していると耳にしている。もっとも、この前の大阪大会にも私は参加していないので、残念ながら、真相はつかめない。ただ、大阪で前後30余年のスカウト生活を送った私にとって、そのホームグランドを思う心は人一倍である。

 今夏は、大阪の他に北海道、山形、福島、新潟、山口、愛媛、大分、福岡、長崎に県大会があった。私は、それを故佐野常羽先生のいわれた「実践躬行」Activity first だと考える。スカウティングにおいては、まず実行である。活動である。実行第一である。理論は実行のあとから組み立てられる。はじめに理論があって、実行に移るのではない。この点、スカウティングが、学校教育などと大いに異なる点である。また、いくら理論にあかるくても、実地が出来なくては一つも役に立たないことになる。
 佐野先生は、一に実践躬行、二に精究教理といわれた。この精究教理を先生は英訳してEvaluation follows――評価がそれにつづく――と示された。前に述べたように、まず実行しその実行を評価反省して、初めて理論(教理)が組み立てられ、深められ、精究される。そこに初めて進歩が生まれ、自信が出来る。佐野先生は、第三として「道心堅固」(Eternal spirit)と、いわれた。
 およそ自由教育やプロジェクト教育法において、一番肝要なことは、Evaluation である。これを講評とか、批判とか、反省とか、評価とかに訳す。スカウティングにおいてもこれは不可欠な要素である。
 大阪のスカウトの先輩は、「ボエン」というスカウト語を創作した。それは今を去る33年前のことである。
 このボエンとは、当時の大阪語の、「ヒヨコタン、ボエンとやられた」という言葉が語源である。この「ボエンのくらわせやい」によって、大阪のスカウティングは伸びたのである。これは「相互批判」であり、「苦言」であり、「忠告」であり、「評価」であった。自分で気がつかない点を、一発くらわせられるのである。まことにスカウトらしい評価法である。
 佐野先生は、当時たびたび大阪に来られて、このボエンのやりあいを激賞された。先生のお言葉によると、これは、禅僧の行う鉗槌(カンツイ)だと、座禅の時に、放心したり、なまけたりしていると、棒のようなものでピシッ!。と先生はいわれた。
 このボエンというスカウト語は、全国の実修所にゆきわたった。
さて諸君!
 大会も無事に終わったと思うが、いかにそれが、意想外の大成功を収めたとしても、反省、評価を忘れてはならない。もし、それを欠くならば単なる行事に終わってしまう。教育でなくなる。精究教理とは、いたずらにスカウト書を読んだり、ディスカッションをすることではない。Evaluation(評価)がfollow(それにつづく)するのでなかったら、それは全然スカウティングとはならないのである。
 めいめいのスカウトは自分で、班は班で、隊は隊で、団は団で、地区は地区で、県連は県連で、あるいはお互い同士で、8月下旬から9月にかけて、ボエンの最盛期でありたい。
 もし、ボエンをひとからくわされて、腹を立てたり、いこん(遺恨)に思ったり、うらんだりするようなことがあったら、彼はまだ、スカウティングの達人とはいえないし、彼は、進歩の道を、自分でつぶしているということになる。
 死ぬまで、ボエンをくわされるものは、さいわいである。彼は、師をもつからである。拓くべき未来があるからである。
(昭和33年8月6日 記)

Posted by tsutsumi at 2010年03月03日 08:58
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