43.隊訓練の性格について
隊訓練とはどんなものか、と、いうことの検討をあやまると、スカウト訓練は、一斉訓練化して、班別制度は、全面的に破壊され、B-P本来の着想に反する団体訓練になってしまうのである。
そして、年少幹部班というものは、その意義を失い、すべては隊長の手によるところの一斉訓練と化してしまう。こういうことは、すでに百も承知の筈であるのにかかわらず、事実上では、それがあとをたたないのは、極めて残念である。
こんなことは、ひとり日本だけの現象ではなくて、どこの国にも現在あり、識者の間に問題となっている。
日本の地方実修所の入所者に課している事前問題に、「あなたの隊の年少幹部班の現況を問う」という問題が出されているが、その答案を見ると、着実に、年少幹部を訓練して指導力を班長に付け、その指導力によって班長が各班を指導し、そしてその成果が隊訓練によって比較され、励まされ、是正されるという本来のやり方を、辿っているとみなされる隊が、極めて少数なことがわかる。大ていの隊は、年少幹部班は、ほとんど実施されておらず、班長は、班を指導するだけの力がつけられないものだから、隊長が全員を集めて、一斉に訓練しているさまがありありと眼にみえるのである。
隊訓練とは、そんなものではないのである。隊訓練とは、班長によってなされた班訓練が、どれだけ出来たかをしらべる一種の検閲なのである。故にゲームによって、対班競点(コンペティション)によって、各班を競争させ、せりあわせて、レベルを向上させるものである。
ただし、隊訓練には、今一つ別の性格があることは否定できない。それは、班というよりも、もうひとまわり大きいグループとしての動き方、在り方を練ったり、また、どの班にも共通な広場としての最大公約数的な訓練、すなわち、その隊の伝統的精神の昂揚という一面である。しかし、これとても、それぞれの班のもつ特色や個性を殺してまでも、一色にぬりつぶすような全体主義的なドレイ訓練は、断然避けるべきである。この点は、かつてのヒットラーユーゲント方式におちいってはならない点である。
以上の諸点は、指導者講習会なり、研修会なりの講師諸君に充分はっきり説明して頂きたい点である。
隊長が全員を集めて、一斉的に訓練するということは、一番しやすい方法であるが、一番、これが邪道であるということを、くれぐれも反省していただきたい。
B-Pの意に反すること、これより大なるはなし、と、申し述べたい。
(昭和32年11月12日 記)