2010年01月29日

ちーやん夜話集32「冬のスカウティングとプログラム」

32.冬のスカウティングとプログラム
 スカウティングは1年を通じて休みというものがない。スポーツならば夏に出来なかったり、冬に出来なかったりするものがあり、いわゆるシーズンオフということがあるが、スカウティングにはシーズンオフはないのであるから、リーダーは冬でもプログラムをもたねばならない。

 ところが実際、隊の状況を眺めると、冬季の12月は反省会とか忘年会、1月早々は新年の会合など、半ば行事的なプログラムによって集会をうづめることが出来るが、1月の中頃から2月、3月にかけては休隊状態に 陥る傾向がある、これは
(1)学年末で隊員の学校生活に余裕がなくなり、隊、班活動にこれが響いて欠席がふえるため。
(2)リーダーの方でも教員の人はこれと同じ理由で力をそがれる。
(3)寒さのため戸外活動がにぶる。
(4)室内集会にすることは場所、暖房などの手間がかかって引きうけてくれる人がない。
(5)寒いことから来る横着性――等々が、一般的の理由である。ただし土地の状況によって多少の差異はある。
 以上のことは外国のスカウト界にもあるようで、従って冬のスカウティングについてのやり方が研究され、単行本になって出版されているようである。私の所感から申せば、これは結局、プログラムの貧困から来ることが、実際の原因だと思う。すなわち“種子(たね)ぎれ”状態が、たまたま冬季にばれた――馬脚をあらわした――と診断する。もし、プログラムが豊富であり、それの展開が隊員をかりたて、以上述べた冬のシーズンの不利な条件を克服さすだけの魅力があるならば、休隊状態に陥ることは充分免れ得られるのである。
 ではそのような、魅力のあるプログラムはどうすれば作れるか? という本質的な題目にぶっつかる。そこでまず、冬――というものを研究せねばならない。指導者にとってのホームプロジェクトの第一歩はここに始まる。“冬将軍”の研究――。
 冬というものがスカウティングの実施上、プラスに役立つ面と、マイナスになる面とがある筈だ。前記の(1)から(5)に至るファクターは、いづれもマイナス面である。こうしたマイナスファクターは、実は年中どのシーズンにでも若干あるので、冬ばかりに限らない。冬場が比較的高率、高濃度だというにすぎない。
 ここで考え方を変えて、プラスの面を検討して見るならば、冬にしか出来ないことがいくつもある。冬の自然研究、霜、雪、霰、氷、濃霧を巧みに生かしたゲームや観察、救急法(結索を含む)、信号、方位、測定(測量)、追跡(雪中)、焚火(雪、風、氷上)と調理と後始末、冬の星座(1年中で最もよく見える季節である)それらを含めたハイキング、夜行ハイク、そのどれもが視、聴、嗅、触、味の五官の訓練を伴い、温度感覚、距離感覚、時間感覚を付加される。冬場あまりキャンプに行かないようだが、東京以南の西日本なら大体出来ぬことはない。
 ただし山など高い所は避けねばならない。氷点下3度位までなら出来る。
 室内集会となると、これは特に冬の魅力である。設備や場所に多少の難はあろう。だが、隊長は、隊委員と力を合わせて、室内集会の場所を是が非でも獲得してほしい。隊長の資格の一つでもある。ことに北日本の隊では、室内集会場をもたないならば致命的マイナスを来たす。
 隊長を20年つとめたようなエキスパートでも、1人でプログラムをすらすらと年中立てられるものではない。
 彼が職業的リーダーでない限り、時間的に無理である。もし出来たとしても、それが最良ではない。隊長は副長、副長補、隊付、上級班長と合同してテーマを選び、そのテーマを中心として次週から次々週まで、或いは月間のプログラムを作成することを本則とする。幹部訓練という面を忘れてはならない。隊長は隊員だけを指導するのでなくて、副長以下の中級幹部の教育をも行う義務がある筈だ。
 これで出来たプログラムはいわば、幹部の行ったプロジェクトであり、ワークショップでしかない。これをそのままナマで班長に手渡して班訓練に流したのでは、班長や班のプロジェクト・ワークショップにはならない。
素通りで終わってしまう。どうしても、これをさらにグリンバーの訓練(班長訓練)にかけて、班長のプロジェクトやワークショップにしなければ身につかないし、彼等のスカウティングにならない。
 このようにして、隊のプログラムは出来るのであるから、“種子切れ”のあろう筈はないのである。一人がいつも作るのなら種子ぎれはあるかも知れないが、たくさんの人々が、それぞれテーマを中心にプロジェクトしたり、ワークショップするのだから“3人よれば文殊のチエ”とやらで何か出て来る。この何か出て来ることがスカウティングの面白いところなのだ。またそういうふうに仕向けることがスカウティングだともいえよう。だから種子ぎれになった人は、スカウティングでないことをしていた――のではないかと自省されたい。
 最後に結論を申し述べよう。以上いろいろとファクターをならべたのは、考え方のより所を作ったにすぎない。
 また、プログラムを作る方法として幹部会、グリンバー集会などの段階を述べたが、それらは途中の駅であって終着駅ではない。終点は個々の少年である。実はその個々の少年のスカウティングのために、班や隊や、地区や県連や日連が奉仕し、成人指導者や育成会が奉仕しているのである。無論、それら各々にはそれぞれの立場においてのプロジェクトを通じてのスカウティングはあるけれども、これらは恒星であり或いは遊星であり、星群であり、星座であるにすぎず、太陽系の中心は太陽である。ボーイスカウト宇宙の太陽は、実に、個々の少年である。
 従って真のプログラムは個々の少年自体を対象とされる。その個々の少年に一番身近いものは“班”である。
この班が立派な班機能をもっているならば、絶対に種子ぎれはあり得ない。
 “種子は蒔いても芽は出ない。そのうちに種子はなくなった”とこぼす人は、土壌のあり方を検討して見るとよい。土壌(班)に欠陥があるようだ。酸性土壌かも知れない。そしていきなり、畑へ蒔かないこと、その種子を苗床(幹部会)に一旦蒔いて発芽させた後、分ケツするよう、グリンバーにおろし、班(土壌)ごとにそれぞれの要求する肥料を施して育てることだ。
 冬の農閑には工作や救急法や、モールスの暗記など好適のテーマとなろう。
 2月22日の“ベーデン・パウエルの日”(いわゆるB-P祭)の行事、2月12日の日連再建記念日の行事、それを中心としたスカウト週間の行事など、行事面もプログラムの中に生かしたい。
(昭和27年2月4日 記)

Posted by tsutsumi at 2010年01月29日 09:27
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