2010年01月18日

ちーやん夜話集22「“ちかい”のリファームについて」

22.“ちかい”のリファームについて
 英国でも米国でもボーイスカウトからシニアースカウトに、または、シニアースカウトからローバースカウトに上進する式に、“ちかい”のリファームを行うことになっている。(ただし米国にはローバースの制はないのだが)日本においてもこの手続きを採用しようという声がある。そこで、このことを考えてみたい。

 リファーム(Refirm)とは再認、再確認ということであろう。即ち「ちかいの再確認式」Refirmation を行うわけ。「ちかい」というものは一生に一度だけ行うものである。幾度も行うものではない。一度ちかった後は、唯、唱えるだけ、または、思い起こすだけで、それは「ちかい」ではない。そこでリファームなるものも、その程度であるかも知れない。然し、私はリファームなるものを別の意味に考えようとしている。
 私は、リファームを唯、単に復習と考えない。内容的に、より高度の実践への決意と心得たい。もっと具体的にいうなら、初級にありては「ちかい」「おきて」の暗記とその意味の理解が要望される。2級と1級とは別にこれを考査課目としないで、日々のスカウト生活にどの程度あらわされているかを、面接法で評価するものと私は判断する。
 けれども、その実践はいわば道徳的の限界にとどまるように思う。然るにSS及びRSに成長すると宗教的の生活プロセスが押し上がってくると私は思う。即ち、SSやRSの日常生活というものは、僧服をつけざる僧とでも申すか、俗人の坊さん足ることをB-Pは期待している。と私には感じられる。
 そこで「神(仏)に誠を尽くし」という言葉が、少年時代(BS)よりもハッキリ具体化されなければならない。今までは観念的であったか知らんが、生活的でなければならない。ここにおいて何宗、何教、何派であろうと信仰の生活に入ることが期待されるのではなかろうか? 私は、Refirm という言葉のもつ意味をここまで掘りさげつつある。
 「誠を尽くし」という表現は文字の上では入信を規定していない。だからその解釈は自由であろう。だが、私自身のスカウティングは、そして私の自発活動はきびしく私を、信仰生活に指向してやまない。スカウティングという綱と、宗教という綱とが、私にとっては一本にない合わされつつあることを自覚するが故に、私はRefirmなる言葉をそのように考えるのである。
(昭和31年11月5日 記)

Posted by tsutsumi at 2010年01月18日 10:22
コメント